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ノース・バーウィックの魔女裁判
権力者が抱く恐怖の根源は、自らの支配への反逆にある。魔女への迫害もまた、この普遍的構図の一端を成す。かかる現象は、支配と被支配の力学、そして富の偏在がもたらす社会的緊張に胚胎するものである。1590年、スコットランド王ジェームズ6世の治世下、王の身に危険が迫る事態が発生した。デンマーク王女アンナとの結婚を終え帰国の途上、国王一行は猛烈な嵐に遭遇。これをウィッチクラフトの仕業と断じた王は、エディンバラ近郊にて大規模な魔女狩りを敢行した。北ベリック魔女裁判として歴史に刻まれるこの事件では、多数の罪なき民が魔女の濡れ衣を着せられ、残虐な拷問の末に虚偽の自白を強いられ、処刑された。被害者の多くは社会的弱者であり、その悲惨な最期は、権力による抑圧の象徴として後世に語り継がれることとなる。この出来事は、ジェームズ6世の統治哲学と密接に関連している。1603年、彼はイングランド王も兼ねることでグレートブリテン王国の礎を築いた。その過程で推進された宗教的統一と植民地政策は、強大な帝国の構築を目指すものであった。北ベリックの悲劇は、帝国主義がもたらす暴力の一端を如実に示している。権力者の恐怖と狂信が生み出した魔女狩りは、植民地における原住民の抑圧と構造的に酷似している。両者とも、支配者が「他者」を創出し、それを排除することで自らの権威を確立しようとする行為に他ならない。魔女として処刑された者たちの叫びは、時代を超えて響き渡る。それは単なるではなく、不当な支配と抑圧に対する抵抗の声である。彼らの魂は、帝国主義への反逆の象徴として、現代にも生き続けている。 – Madoka 円香
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声
ソクと呼ばれる男がいた。母は当時にしては珍しく大学の出で、卒業間も無くソクを身篭った母は、彼を育てることに入れ込んだ。母の教えは厳しく、親というより教師というべきその姿勢に、ソクはいつしか不自由を感じるようになっていた。教育の甲斐あってソクは国を代表する大学に進学したが、程なくして母は亡くなった。あまりにも早すぎる死だったが、苦しむことなく死んでいったことだけが救いだった。 大学を卒業してからも、ソクは学問に邁進した。母の軛を逃れて、自由を謳歌したといってもよかった。しかし、ある時を境に、聞き覚えのある声が耳元で何かを囁くのにソクは気づいた。母の声だった。ひとりで勉強している時から、何がしかの難局に差し掛かった時まで、あらゆる場所・時間に、母が横に現れたかと思うと、ソクに助言を与えるのだ。当初はそのことに嫌気が差したが、その内に慣れて、気に留めなくなった。 その内、ある女との間に男子ができた。子に対してソクは、母が自分にしてくれなかったことをしてやろうと考えた。衝突があれば話をよく聞き、荒だてば収まるまで背中をさすってやり、欲するところは叶えてやった。鍋の湯が顔にかかり大火傷を負った際には、3日3晩病院に付き添った。額には跡が残ったが、その跡を誇りに思えるよう大切に扱ってやった。 ある秋の日、ソクは深酒がたたり寝付けないでいた。寝床を出て厠へ向かうと、用をしている自分の姿があったが、ソクは驚くどころか冷静に夢の中と捉えた。用を終えた自分が振り返ると、ソクは彼の額に目立つ火傷の跡を認めた。その男は目を見開き、厠の床に手をつくのも構わず後ろに倒れて退いた。幽霊でも見たようなその姿に、ソクは笑って、そして頷いた。 翌朝、真横に子が寝ていた。そろそろ小学校を卒業しようという年だった。何の罪もない穏やかな寝顔を見て、彼を起こさないよう寝床を離れた。朝食の準備をしながらソクはふと、あんなに耳元で鳴っていた母親の声が、聞こえなくなっていたことに気づいた。 – KOBAYASHI Taiyo 小林太陽
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電車
死のうと思っていた。夏の終わり。ジンベイザメを見たことがないなと気づいた。見るまでは、生きていようと思った。 電車で水族館に行った。大阪にある世界最大級のやつだ。遠くない距離に住んでいたが、初めてだった。ジンベイザメは想像よりも大きかった。次は、動物園で虎が見たいなと思った。 地下鉄で天王寺の動物園に行った。柵にとらわれた虎は、あまり怖くなかった。隣の若い女が、長袖のパーカーを着ていた。 「それ、暑くないんか。」 突然話しかけられて、少し面食らった様子の女は答えた。 「日焼けしたくないんですよ。意外と通気性いいんですよ、これ。ユニクロのやつ。」 「ふーん、ええやんか。僕も欲しい。一人で動物園来てんねんから、時間あるんやろ。一緒に買いに行こうや。」 その日のうちに女の部屋に上がり込み、体も許した。 「アタシな、今日、彼氏に振られたとこで、死ぬつもりやってん。」 「死ぬってどうやって。」 「考えてへんかったけど、そんなん何とでもなるやろ。」 「僕はまだ生きてる感じせえへんな。」 次の日の朝、女はいなくなっていた。私は、阪急の茨木駅で飛び込んだ。 – YASUTANI Maco 安谷まこ