ルーと私は彼女のことをオフィーリアと呼んでいました。彼女はレズビアンが暮らす夢の家の、屋根裏部屋に住んでいました。これは盗難事件の前の話で、私たちの住んでいる部屋のちょうど真上でした。オフィーリアは幽霊で、だからビクトリア朝の人でしたし、トロンボーンを吹いていました。私たちはパイプ管が軋むたびに「また吹いているな」と言ったものです。
建物もヴィクトリア朝のものでした。私たちのキッチンは廊下についていて、元々はキッチンではありませんでした。キッチンはシンクと食洗機のある小さな部屋につながっていて、出窓みたいなバカみたいに深い窓枠がついていたため、常に汚れている皿を乗り越えないと窓に手が届かなかったのです。ルーはその小さな部屋を「孤児の穴」と呼んでいました。なぜならルーは孤児で、その建物もビクトリア朝のもので、ビクトリア朝は孤児が多かったことで知られるからです。もし彼ら孤児が悪さをしたら、ここに送られたのだろうと思えました。
キッチンのスペースを節約するために、私たちは冷蔵庫をリビングの腰かけ椅子の横に置いて、予備のためにと集めた野菜のストックを屋根裏部屋に保存することにしました;同じアパートの住人たちは誰もそこに寄り付かないからです。
ある日の午後、私たちは夕食の仕度をし始めました。チーズか卵、もしくは両方を野菜で置き換えた数種のヴィーガン料理をつくろうとしたのに、ズッキーニがなくなっているのを発見してしまいました。
その夜、私たちは部屋の上で何かがゴソゴソしている音を聞き、それから、間違いなく大きなゲップの音が聞こえてきました。
その盗難事件が起こったとき、私たちの玄関上の窓は壊され、玄関前から屋根裏部屋に続くハシゴの上にナイフを見つけました。泥棒はそのハシゴを使って私たちの家に忍び込んだのでしょう。あるいはハシゴを降りて逃げたのかもしれません。オフィーリアのトロンボーンの才能が、あの5月の夜に私たちのアパートから楽器が行方不明になった理由を物語っているのかもしれません。アコーディオン、バンジョー・ウクレレ、ウクレレ。血のついた足跡がアパートのカーペットの階段を下っていました。アバディーンの夜には、時々、寂しげなファンファーレが廃れた花崗岩の道を横切る音が聞こえるそうです。
