この死を生きることを決める

東京での生活と、ボイとしての生活は、おれにとっては似たような体験である。底なしに疲れる深い暴力的な孤独と、信じられないほどの自由による終わりのない多幸的な恍惚。
その結果、定期的な自己正当化的なSMプレイや、自殺願望や自己破壊願望に深く根ざした、心が痛むような不安が生じる。
過去のトラウマ、自己嫌悪、親や社会から教え込まれた恥辱が蓄積し、混沌とした自発性、落ち着きのなさ、無謀さに包まれたアイデンティティとなる。
過去のトラウマ、自己嫌悪、親や社会から教え込まれた恥辱が蓄積し、通常の社会や家族の規範や基準からの深遠なオーガズム的自由のアイデンティティとなる。
その結果、深い孤独と性的な自信と誇りが並行して続く毎日。それがおれにとっての「ボイ性」なのかもしれない。それが東京での暮らしということなのかもしれない。死にたいけど、今を生きたい。概念は死、実践は「生きる」。
おれの性欲に影響することを恐れて、うつ薬を飲むことを拒否している。 それだけがおれを夜通し引っ張ってくれる。それと、孤独と後悔の感情から自分を紛らわすために必死になっていることからくる深い疲労だ。
疲れた孤独と多幸的な恍惚−−−この死を生きることを決める。

Discover more from the ghost project

Subscribe now to keep reading and get access to the full archive.

Continue reading